大阪地方裁判所 事件番号不詳〔1〕 判決
主文
被告住野良夫は原告に対し大阪市住吉区粉浜中之町四丁目百二十三番地の四所在木造瓦葺二階建家屋の内別紙略図面記載の店舗及び階下居室二室を明渡せ。
原告の被告住野良夫に対するその余の請求及び被告吉野辰之助に対する請求はいづれもこれを棄却する。
訴訟費用中、原告と被告住野良夫との間に生じた部分は右両名の折半負担とし、原告と被告吉野辰之助との間に生じた部分は原告の負担とする。
この判決は原告において金二万円の担保を供するときは原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「主文第一項同旨及び原告に対し、被告住野は昭和二十五年三月四日以降右家屋明渡済に至るまで一箇月金三万円の割合による金員を、被告吉野は金八十四万円を、夫々支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
主文第一項掲記の本件家屋一棟建坪九坪八合一勺(但し別紙略図面の斜線部分を除く。)は元訴外井原雄吉の所有であつて、原告はこれを右井原より昭和十一年十一月以来月額賃料金十一円毎月末払の約で賃借したが、同家屋は建築後八十年を経過せる老朽建物であつて住宅又は店舗として使用するには大修繕を要するので、原告は右井原の承諾を得て自費を投じ大修繕を施し且つ別紙略図面の内斜線部分を新築し、一部は原告が経営する洋服加工業の店舗に、一部は納屋に、二階は住居用に供していたところ、昭和二十年六月大平洋戦争酣なる頃偶々原告の不在を原告の二女衛子が留守居中その妹章子の学友訴外大山御代子は同人の母ハツと被告吉野辰之助等を同伴し来り、戦災のため住居を失つたので一時雨露を凌がせて貰いたいと哀願するので、右衛子はこれを容れ、階下六畳の一室を提供した。而して原告は郷里福井より帰宅して右事情をきき痛く同情し、訴外大山一家三人及び被告吉野一家四人合計七人の同居を承諾し爾来起居を共にした。然るにその後被告吉野は右の如き原告の恩誼を忘れ密かに訴外井原雄吉より直接本件家屋の譲り受けを企て、ついに昭和二十二年十月二十五日右井原よりこれを買受けて所有権を取得しこれが移転登記を経由した。然し当時原告は既に同年十二月分までの賃料を井原に前払済であり且つたとえ所有権は被告吉野に移つても原告の本件家屋に対する賃借権には何ら影響がないので、被告吉野は原告を本件家屋より追出さんと図り、或は前述の如く、店舗及び納屋は原告の費用で新築したる原告所有のものであることを知悉しながらこれを無断使用し、以て原告が開始せんとする営業を妨害し、剰え原告は昭和二十年六月二十一日被告吉野に本件家屋を転貸し一家を挙げて一旦郷里へ帰りながら、昭和二十三年六月二十八日突然家族と共に来阪して本件家屋の二階を不法に占拠したと称し、大阪簡易裁判所に原告を相手取り占有回収の訴を提起したが(同庁昭和二三年(ハ)第五三五号事件)、かかる主張は全く虚構であり、同被告の訴訟代理人浅井稔も昭和二十五年六月一日同事件の最終弁論期日に辞任するに至つた。一方被告吉野は計画の意の如くならないのを予知し、隣家に居住し原告と同被告間の紛争及び原告が本件家屋の一部増築の事実をよく知つている相被告住野に対し本件家屋の売却を申入れ、ついに昭和二十五年三月三日これを売渡し、相被告住野の貸家の二階に移転し、その直後被告住野は原告の拒否に拘らずこれを排して本件家屋に入居し、その階下の一室を使用人の居室に当て他の一室及び店舗の部分えは営業用の薪炭を積込むに至つた。これを要するに本件家屋は元木造平家建居宅一棟建坪九坪八合一勺であつたから、訴外井原雄吉と被告吉野間及び被告吉野と被告住野間に行われた売買は右建坪の限度においてのみ効力あるものというべきである。原告が新築した別紙略図面の斜線部分即ち店舗、納屋及び二階建坪約十坪は原告の所有であつて、謂れなく被告等の所有に帰すべきでない。而して原告は妻と共に洋服加工業を営むものであるが、右営業収入は昭和十九年度の収入概算より見て物価高騰の現在少くとも一箇月金三万円あり、これにより一家の生計を維持し得べきものであつたのに、被告吉野は昭和二十二年十一月より昭和二十五年二月迄二十八箇月間本件家屋において古着商を営み原告の営業を妨害し、よつて合計金八十四万円の得べかりし収入を失わしめた。又被告住野は叙上の如く昭和二十五年三月四日以降不法に階下及び店舗に薪炭を積入れ、同日以降原告の開始せんとする営業を妨害し、もつて一箇月金三万円の割合による得べかりし収入を失わしめているのである。よつて原告は被告両名に対し右損害賠償を求めるとともに、被告住野に対してはその占拠部分の明渡を求める。尚本訴は店舗の部分については所有権に基き、階下二室については賃借権に基き請求するものであり、仮に店舗の部分につき原告の所有権が認められないとすれば賃借権に基き請求するものであると陳述し、被告等の抗弁事実を否認し、
被告住野の主張に対し、本件家屋は三戸一棟の内の中央の一戸であつて三戸共店の間はなかつたのを、原告は家主の許諾を得て店舗を増築したのである。而して右店舗は北部においては元の家屋に接着しているが、他は元の家屋とは独立しているから附合とはいえない。仮に物理上附合といい得ても、経済上は全く独立しているもの即ち元の家屋は単なる住居であるが、増築部分は事務所であつて経済上独立して効用を全うするものであり、而も原告は権原によりこれを新築したものであるから、右店舗の部分は訴外井原と被告吉野間及び被告両名間に如何なる売買契約が為されようとも原告の所有権は消滅すべき謂れはない。又被告住野主張の如き示談契約が成立したことはない。金子弁護士は原告の承諾を和解調書作成の条件としたものであり、原告はこれに応じなかつたことも同被告の主張自体により明らかであると述べ、
被告吉野の主張に対し、原告が同被告に本件家屋を転貸したとの事実は否認するが、仮に転貸借契約が成立したとしても、転借人と賃借人が同一人になつた場合賃貸借は混同により消滅するものでなく、消滅すると考えられるのは転貸借だけである。同被告が訴外井原より本件家屋買受に際し原告が承諾したことはない。又同被告は解約申入により本件家屋の賃貸借契約は消滅したと主張するが、昭和二十四年九月一日解約申入を為し翌二十五年三月三日相被告住野に本件家屋を売却しているのであつて、このような場合同被告に正当な事由ありとは認められないと述べ、
尚被告等は被告吉野の転借権を主張するが、同被告が本件家屋に居住するに至つたのは全く原告の恩恵によるものであり、而も階下六畳の一間だけであつたのに、同被告は原告一家が一時疎開し原告自身も仕事の関係上外出勝であつたのを奇貨とし、本件家屋の店舗及び奥六畳の間をも無断使用するに至つたのであり、賃料も原告より家主に支払しており、被告吉野よりは一銭の賃料も受領したことなく、転貸したことはないと附陳した。
(立証省略)
被告両名各訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、
被告住野訴訟代理人は答弁として、被告主張事実中被告住野が昭和二五年三月三日相被告吉野より同人所有の本件家屋を敷地共現状(階下に相被告吉野が所有者として居住し、階上に原告が居住)のまま買受け、即日所有権移転登記を受け、相被告吉野は階下全部を被告住野に明渡し近隣の被告住野所有家屋に移転し、爾来被告住野において階下全部を占有使用していることは認めるが、原告の拒否を排して入居したこと、原告主張の別紙略図面斜線の部分(店舗、納屋)が原告の所有であることを否認し、その余の原告主張事実をすべて争う。被告は相被告吉野より本件家屋を現状のままを目的として買受けたものであり、原告主張の如き家屋の一部の坪数を標準として買受けたものではない。本件家屋は三戸一棟の中央の家でその東側は被告住野の店舗である関係上被告吉野が負債整理のため本件家屋を売却するに際し被告住野にこれが買取を懇請したので、被告住野は営業上本件家屋を切望せる折柄であつたからこれを買受け、即時使用する必要上その家屋の近隣にある被告住野所有の木造瓦葺二階建住宅の内一戸を被告吉野居住用に、他の一戸を原告居住用に賃貸方申出で、被告吉野は快諾し直ちに移転したが、当時吉野は浅井弁護士を代理人として原告に対し本件家屋階上明渡の訴訟を提起し、原告は金子弁護士を代理人として係争中であつたから、被告住野は当代理人をもつて双方円満解決を為すべく当代理人を通じ原告に交渉の結果、乙第一号証の一記載の如き内容の示談成立し、昭和二十五年三月二十日大阪簡易裁判所において和解調書を作成することとなつたのに、当日に至り原告は出頭せず、一面示談金の増額を要求し、被告住野はこれを拒絶したので原告は本訴を提起したものであると述べ、
抗弁として、(一)被告住野は本件家屋を叙上の通り相被告吉野より買受け所有権を取得したものである。従つて被告住野の本件家屋階下の占有は自己の所有権に基くものであつて何ら不法でない。(二)被告住野が本件家屋買受当時原告が二階に居住していたことは認めるが、階下には被告吉野が昭和二十二年十月以来所有者として居住していたものであり、被告吉野より所有権移転登記とその引渡を受けた被告住野は、吉野に代りこれを占有するに至つたもので不法でない。原告は階下には何らの権利も主張し得ないものである。(三)上記の如く昭和二十五年三月三日被告住野が本件家屋買受に際し一旦被告住野と原告との間に、原告は階下居住者なる吉野と共に被告住野所有家屋に移転すべき協定が成立したのに、その後原告は移転料の増額を要求し違約したものである。(四)被告住野は本件家屋を買受けたが原告の賃貸借契約を承継したことはない。(五)仮に本件家屋の前々主訴外井原雄吉と原告との間の賃貸借契約が法律上被告吉野に承継の効力を生じたものとすれば、吉野は本件家屋に居住中昭和二十四年九月一日自己使用の必要ありとして原告に対し賃貸借解約の申入を為し、これより右賃貸借契約は既に消滅した。(六)原告は昭和二十年六月空襲の危険を免れるため、妻子を福井県の郷里に帰し家屋の必要がなくなつたので被告吉野に賃借権を譲渡したものである。(七)然らずとするも、被告吉野が訴外井原雄吉から本件家屋を買受けたのは、井原が財産税調達のため本件家屋と西隣の家屋を一括して売却することを西隣の借家人訴外吉野福松に話し、同人は当時本件家屋の居住者であつた被告吉野と原告本人にこのことを伝え両人協議して買取るよう勧告したので、もし家屋居住者が買取らねば他人が買取ることになるから、被告吉野と原告は話合の上吉野が昭和二十二年十月二十五日これを買取つたのである。而して被告吉野は買取の際本件家屋を自己の完全なる所有としてこれに居住する意思で買受けたものであり、原告との賃貸借を承継する意思は全然なく、原告も自己の賃借権を維持することを告げなかつたのは、原告は当時被告吉野の買取の意思、目的を知悉しながらこれを黙認して原告の賃借権を自然消滅に帰せしめたのである。もし被告吉野が買取後原告が賃借権を主張する意思を有していたものならば、その買取の話合の際、このことを原告より同被告に告げるは道義上当然のことである。然るに売却の交渉を受けて原告はいらないと返答し、被告吉野が買受けた後にいたり賃借権を主張することは、徒らに平地に波乱を起す背徳不信の甚しきものであり、正に権利の濫用であつて容認できないと陳述した。
(立証省略)
被告吉野訴訟代理人は答弁及び抗弁として、原告主張事実中原告が昭和二十三年六月二十八日頃以降本件家屋の二階を占有し居住していること、被告吉野が昭和二十二年十月二十四日訴外井原雄吉より同人所有の本件家屋を有姿のまま買受け翌二十五日所有権移転登記を受けたこと、被告吉野は昭和二十五年三月三日これを相被告住野に売渡し即日所有権移転登記を為し且つ階上原告占有のまま引渡を了したことは認めるが、その余の事実を争う。(一)本件家屋は元訴外井原雄吉の所有で原告がこれを賃借していたところ、昭和二十六年六月二十一日原告は被告吉野に賃借権を譲渡し福井県に疎開したのである。(二)仮に賃借権の譲渡がなかつたとしても、原告は被告吉野にこれを転貸したものである。然るに昭和二十三年六月二十八日頃原告夫婦は突然本件家屋の二階に侵入し爾来不法にこれを占有するものである。殊に本件家屋は原告の所有ではなく、仮に原告が造作等為した場所があつたとしても、それはただ買取請求権取得の原因となるに過ぎない。尤も被告吉野は昭和二十二年十月二十五日本件家屋を井原より買受け所有権移転登記を受けた当時本件家屋の賃貸借契約上の使用収益権及び賃料請求権は転借居住中の被告吉野に帰属し混同により一切消滅したものである。被告吉野は原告と同被告間の転貸借契約を存続せしめて買受けたものでない。訴外吉野福松を通じ井原より本件家屋売却交渉のあつたとき原告と被告吉野は協議の結果原告の承諾の下に同被告はこれを買受けたものであるから、当然原告と同被告間の転貸借契約は勿論原告と井原間の賃貸借契約も消滅し、爾後同被告は所有権に基きこれが占有を為していたものである。(三)そうでないとしても、原告は自己の賃借権の存続を主張し徒らに紛争を為すので、被告吉野は原告に対し昭和二十四年九月一日内容証明郵便をもつて、本件家屋一部を同被告において使用の必要上賃貸借契約解約の申入を為した。従つて法定期間満了と共に原告の賃借権は消滅した。以上の理由により被告吉野の本件家屋占有は適法であり、従つてこれが不法を前提とする原告の損害賠償請求は許さるべき筋合でないと陳述した。
(立証省略)
理由
(1) 先づ原告の被告住野に対する請求について。
被告住野が原告主張の本件家屋の階下を占有していることは当事者間に争がない。而して原告は本件家屋階下の内店舗を除く爾余の部分につき賃借権を主張し、店舗の部分については一次的に所有権を主張し、予備的に賃借権を主張し、これに基き被告住野にその明渡を求めるので按ずるに、証人坂野志げをの証言と同証言により成立を認める甲第十六乃至第十九号証に証人永田ヒサ、同青池多市、同細川斎五郎、同池上岸野の各証言及び検証の結果を綜合すると、本件家屋はもと訴外井原雄吉の所有にかかる中二階式平家建家屋であつて、訴外阪井幸三郎がこれを賃借し、本家に附設して建てられたトタン葺店舗の部分は訴外永田幾治郎が転借していたところ、原告は昭和十二年十二月頃これを井原より賃借し居住するに当り、右店舗の部分を取毀ち自費をもつて瓦葺の現店舗に改築し、中二階は物置であつたのを居間に、階下通り庭を廊下に夫々改造し、爾来ここで妻志げをとともに洋服加工業を営んでいたことが認められる。右認定に反する証人井原雄吉の証言及び原告本人尋問の結果は措信し難い。他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて原告は右店舗の部分は原告の増築したものであると主張するが、これを認めることはできない。而して賃借人が賃借建物の一部を改築改造した場合たとえ賃借人がその自費をもつて為したときでも、その結果が賃借建物の構成部分を成しているならば建物の所有権に吸収せられるものと解すべきである。然らば本件家屋の中二階、階下廊下の改造部分は勿論、店舗の改築部分もすべて本件建物の構成部分を為しているものと認められるからその所有権は家屋の所有者に帰したものというの外なく、その部分につき原告において独立したる所有権の保有を認めることはできない。(原告が賃貸借終了のとき家屋所有者に対し有益費償還請求を為し得ることはいうまでもない。)原告は店舗の部分は北部において家屋に接着しているが他は独立しているから附合とはいえない。仮に物理上附合といい得ても、本家は単なる住居であつて改築部分は事務所であるから各独立して効用を全うするものであり、而も権原によりこれを為したものであるから、原告は附合によりその所有権を失うものでないと主張するけれども、店舗の部分が本家に接着して附設せられている以上附合といい得ること勿論であり、しかも本件家屋は原告賃借前既に店舗の部分を備えていたものであるから、たとえ権原によりこれを為したものであつても店舗の部分と居宅の部分とは相合して本件家屋としての効用を全うするものというべきであるから、原告の右主張は採用し難い。而して昭和二十二年十月二十四日被告吉野が本件家屋を訴外井原雄吉より買受け所有権を取得したことは、成立に争のない甲第二号証により明らかであり、右吉野が更に昭和二十五年三月三日これを被告住野に売渡し、同被告において所有権を取得したことは当事者間に争がない。然らばたとえ本件家屋につき原告の改築造が行われたに拘らず、すべて一体として右売買取引の目的となつたものといわざるを得ない。原告は店舗の部分は納屋共原告の所有であり、家屋所有者の所有に帰すべき謂れはないと主張するけれども、叙上の如く附合により本件家屋の所有権に吸収せられたものと認むべきであるから右原告の主張は採用できない。してみれば原告の訴外井原との本件家屋(店舗を含む)賃貸借関係は、当然被告吉野を経て被告住野に移行したものというべく、従つて原告は被告住野に対し店舗の部分についてはその所有権を主張し得ないけれども、猶右店舗の部分を含む本件家屋全体につき賃借権を主張し、これに基き妨害排除を求め得るものといわなければならない。
そこで被告住野の抗弁につき案ずるに、(一)被告住野は自己の本件家屋占有は、相被告吉野より売得した本件家屋所有権に基くものであつて不法でないと主張するけれども、さきに認定した如く原告は昭和十二年訴外井原より本件家屋を賃借し居住するに至つたものであり、且つその賃貸借関係はその後本件家屋の所有権を取得した被告吉野を経て被告住野に法律上当然承継の効力を生じたものである以上、たとえ被告住野が現在これが所有権を有していても、原告は被告住野に対し自己の賃借権を対抗できることはいうまでもない。従つて被告の右主張は理由がない。(二)本件家屋の階下には相被告吉野が所有者として居住していたが、被告住野は右吉野より本件家屋を買受けその引渡を受け、同人に代りこれを占有するに至つたもので、原告は階下には何らの権利も主張し得ないと主張するが、後記認定の如く被告吉野は原告より階下を転借して居住していたものであつて、直接自己の所有権に基き占有していたものでない。従つて吉野の階下占有が同人の所有権に基くことを前提とする右主張は失当である。のみならずかりに被告住野の右占有は吉野より所有権と共に転借権も譲渡を受けたことによるとしても、転貸人たる原告の承諾を得たことはその主張立証しないところであるからいづれにしても右被告の主張は採用できない。(三)被告住野が昭和二十五年三月三日本件家屋買受の際同被告と原告間に、原告は同被告所有の家屋に移転すべき協定が成立したと主張するけれども、この点に関する被告住野本人の供述は証人坂野志げをの証言に照し措信し難く、爾余の同被告の立証によるも右事実を肯認するに足らない。従つてこれを前提とする被告の抗弁は理由がない。(四)被告住野は本件家屋を買受けたが原告の賃貸借契約を承継したことはないと主張するけれども、右承継は法律上当然その効力を生ずるものであることは借家法第一条の規定により明白であつて、右被告の主張はもとより採用できない。(五)被告住野は前所有者被告吉野が昭和二十四年九月一日自己使用の必要ありとして原告に対し本件家屋賃貸借につき解約の申入をしたから、法定期間の経過により既に原告の賃貸借は終了したと主張し、右解約申入が為されたことは成立に争のない乙第二号証により認められるけれども、当時被告吉野自身において本件家屋全部の使用を必要とする事情については右被告の立証によるもこれを認め難いのみでなく、吉野は法定期間満了の直後なる昭和二十五年三月三日これを被告住野に売却譲渡し他に転出したこと(この事実は当事者間に争がない。)に徴するも、その主張の如き必要性のなかつたことを伺うに足る。従つて右解約申入はその効力なきものというべきであるから、本件家屋に対する原告との賃貸借関係は依然存続しているものといわなければならない。従つて右被告の主張は排斥する。(六)被告住野は、原告は昭和二十年六月郷里に妻子を帰えし本件家屋の必要がなくなつたので被告吉野に賃借権を譲渡したものであると主張するが、これを認めるに足る証拠なく、反つて後記認定の如く原告は本件家屋の階下を吉野に転貸したものであつて賃借権譲渡の如き事実はなかつたのであるから右主張は採用できない。(七)被告住野は、相被告吉野は昭和二十二年十月二十五日自己の完全な所有としてこれに居住する意思で本件家屋を訴外井原より買受け、原告との賃貸借を承継する意思は全然なかつたのであり、原告はこれを知悉しながら黙認して自己の賃借権を維持することを告げなかつたのは賃借権を自然消滅に帰せしめたものである。従つて同被告が本件家屋買取後原告が自己の賃借権を主張するのは背徳不信の甚だしきものであつて権利の濫用であると主張するけれども、たとえその主張の如く被告吉野においては井原と原告間の賃貸借を承継する意思は全然なかつたものとして、原告はこれを知悉していた事実はこれを認むべき証拠はないし、そもそも吉野における賃貸借承継の意思如何に拘らず該賃貸借は法律上当然承継の効力を生じたことは既に説明したところであり、仮に吉野が買受けに当り原告は自己の賃借権を維持することを告げなかつたにしても、これをもつて直に自己の賃借権を消滅に帰せしめたものということはできないことは勿論であり、まして原告がその賃借権を主張しこれが妨害排除を求める如きは当然の権利行使に属し、もとよりこれをもつて背徳不信の行為であり権利の濫用と目すことはできない。従つてこの点に関する右被告の主張も採用できない。
然らばたとえ被告住野において本件家屋の所有権を取得するに至つたにせよ、原告はその賃借権をもつて新所有者なる同被告に対抗できる結果、同被告の本件家屋階下占有は原告の賃借権を妨害するものというべく、従つて同被告は原告に対しこれが明渡を為すべき義務あることは明らかである。而して叙上説明した如く被告吉野は原告より本件家屋階下を転借していたものであり、而も右転貸借が解除等により終了したことは原告の主張立証しないところである以上、猶右転貸借契約は存続するものというの外ない。従つて原告は被告吉野に対し賃料請求を為し得べき関係にあるものというべきであるから、被告住野の本件家屋階下占有により原告の被る損害はあり得ないというべく、よつて被告住野に対しその占有部分の明渡を求める限度において原告の同被告に対する請求は正当であつて認容せられなければならないが、損害金の点に関する請求は、爾余の点につき判断をまつまでもなく失当として棄却を免れない。
(2) 次に被告吉野に対する請求について。
原告は、訴外井原雄吉より賃借にかかる本件家屋の階下部分を被告吉野が昭和二十二年十一月以降昭和二十五年二月迄不法に占拠し、よつて同所において原告の為すべき営業を妨げたと主張する。而して原告が訴外井原より本件家屋を賃借していた事実及び被告吉野が本件家屋を昭和二十二年十月二十四日右井原より買受け、これを昭和二十五年三月三日相被告住野に売渡す迄その階下を占有していた事実は、被告吉野において自認するところである。
そこで、被告吉野は自己の右階下占有は適法であると抗争するので案ずるに、(一)同被告は、原告は昭和二十年六月二十一日被告吉野に対し本件家屋の賃借権を譲渡したものであり、仮にそうでないとしても転貸したものであると主張する。そして証人吉野あさ、同吉野福松の各証言、被告吉野、同住野各本人尋問の結果に証人坂野志げを、同細川斎五郎、原告本人の各供述の一部を綜合すると、本件家屋は元訴外井原雄吉の所有であつて、原告は昭和十二年十二月頃これを井原より賃借し、さきに認定した如く店舗中二階等を改築造して妻志げをと洋服加工業を営んでいたが、戦局の緊迫により昭和二十年三月末右営業を閉鎖し、妻子を郷里福井県下に疎開せしめ、原告自身独り本件家屋に残り時々家族共に大阪と疎開先間を往復していたところ、偶々同年六月頃原告の帰郷不在を二女衛子が留守居中、四女章子の学友訴外大山御代子は母ハツ、被告吉野等合計六人を伴い戦災のため住居を失つたとて同居を懇請して来たので、同人は本件家屋の階下の居間を使用せしめ、原告も数日後帰宅してこのことを知り承諾を与えた。そして階上は原告において使用し、階下中の間及び奥の間の二室は右吉野等に賃料一箇月金十五円で転貸することとしたが、右大山等三人は同年十二月中頃転出し、被告吉野一家四人のみが残留し爾来原告と同居を続けていたところ、終戦後疎開先より原告の家族の本件家屋復帰が困難であつたため、原告は依然階上を使用のまま被告吉野に対し昭和二十一年八月頃より本件家屋の階下居間のみでなく店舗の部分を同所備付の陳列台共使用し古着商を為すことを認め、賃料も爾後一箇月金百円に増額した。かくて被告吉野は相被告住野に本件家屋を売渡し転出する迄本件家屋階下の部屋を住居とし、店舗において古着の営業を為していたことが認められる。以上認定に反する証人永田ヒサ、同坂野志げを、同細川斎五郎、原告本人の各供述は措信しない。他にこれを覆すに足る証拠はない。然らば被告主張の如く賃借権の譲渡のあつたことは到底肯認できないけれども、本件家屋階下につき転貸借の成立が認められる。原告は、被告吉野は昭和二十二年十月二十五日本件家屋全部を訴外井原より買受け所有権を取得したので、これにより原告と同被告間の転貸借は消滅したものであると主張し、被告吉野は右転貸借も賃貸借も消滅したものであると主張する。而して右被告の買受並びに所有権取得の事実は当事者間に争なく、原告が本件家屋を訴外井原より賃借の事実は前段認定したところである。従つて本件家屋につき賃貸人たる地位は被告吉野において法律上当然これを承継したことはいうまでもないから、本件家屋の賃貸人たる地位と転借人たる地位とは被告吉野に帰属したことは明らかである。然しながらたとえ賃貸人と転借人の両地位が同一人に帰属しても、当事者間に特に賃貸借及び転貸借関係を消滅せしめる合意の成立した事実がない限り、右契約関係の消滅を来すべきものでないと解するを相当とする。従つてこれに反する原告及び被告吉野の右主張はいづれも採用できない。尤も同被告は原告との転貸借関係を存続せしめて本件家屋を買受けたものでないし、そもそも訴外吉野福松を通じ訴外井原より売却交渉のあつた際原告と協議して原告の承諾の下に買受けたものであると主張するのであるが、この点に関する証人吉野あさ及び被告吉野本人の供述は措信できないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。反つて原告本人尋問の結果に徴すれば、原告においても買受けの意思であつたのを被告吉野は原告と協議することなくこれを買取つたことが認められる。従つて原告の賃借権も被告吉野の転借権も同被告の本件家屋買取により共に消滅に帰したものとは認めることはできない。
然らば叙上認定の如く、原告において訴外井原より賃借していた本件家屋の内その階下居間及び店舗の部分は被告吉野がこれを原告より転借して占有使用していたものであり、而も右転貸借関係の終了したことにつき原告は何ら主張立証しないのである以上同被告の右占有は適法であり、従つて原告の為すべき営業を妨害したものとはいい得ない。よつて原告の被告吉野に対する請求はその余の判断を為す迄もなく失当として棄却するの外はない。
以上の次第につき訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し主文の通り判決する。(昭和二九年九月二七日大阪地方裁判所第一九民事部)